(1)主な経歴

主な経歴1

 香取や佐原という地名は、まだ全国的に知られていないようですが、伊能忠敬と聞けば「ああ、あの日本地図を作った人・・・」と思いだされるのではないでしょうか。日本が世界に誇る人物の一人が、この佐原で人生の大半を過ごしたのです。

 この、伊能忠敬翁についてご紹介したいと思います。

 伊能忠敬は、延享2年(1745)に現在の千葉県九十九里町に生まれました。幼名を三治郎といいます。
宝暦12年(1762)に17歳で佐原の伊能家に婿養子となり、みちさんと結婚し、名を忠敬としました。忠敬は家業のさらなる拡大と繁栄を築き、財をなしました。
寛政6年(1794)に49歳で家督を長男景敬に譲り、隠居したのちは勘解由(かげゆ)と名乗ります。

主な経歴1
 

 翌年、寛政7年(1795)には幕府天文方の高橋至時(よしとき)の弟子となり、その5年後の寛政12年(1800)には55歳で東北、北海道南部の第一次測量を行います。
 これを皮切りに文化13年(1816)、71歳まで全国を歩いて測量し、大日本沿海輿地全図が完成したのは文政4年(1821)のことでした。
残念なことに忠敬は、大日本沿海與地全図の完成を見ることなく文政元年(1818)にその生涯を閉じたのです。享年73歳でした。