(2)水郷の米

利根川左岸の十六島

水郷の米1

香取市は関東一の米生産量を誇る『米どころ』であり、農業は地域の基幹産業です。
利根川左岸に開ける通称『十六島』は、利根川下流域の中で唯一成功した新田開発によって広大な農地として出来上がった地域(およそ二千八百ヘクタール)であり、水郷と呼ばれる穀倉地域であります。
利根川は、「暴れ川」として流域に幾度となく大きな被害を与え(佐原歴史年表にも多くの洪水の記録がある)、洪水の度に流路が複雑に変遷する河川ではあったが、一方では関東地方の母なる川として多くのめぐみをもたらす川でもありました。十六島地域でも水害による被害は多く、近代まで水との戦いは続きましたが、その中でも二百十日の台風の襲来までに収穫するため、戦前から前後にかけて早播・早植・早収の三早栽培の稲作技術が確立され、水郷は早場米地帯として知られるようになりました。
米だけではなく野菜物も家の畑で栽培しており、『佐原名物お酒にしょう油、味醂に奈良漬け島の瓜』との言葉があるように、島の米・瓜などは佐原に欠かせないものであったようです。

水郷の米1
<香取市教育委員会提供写真>

十六島は低平なため冠水するとなかなか水が引かない土地で、またエンマ(江間)と呼ばれる水路が縦横に張り巡らされ、道らしい道はなかったため、さっぱ舟と呼ばれる舟が、なくてはならない交通の用具であり、暮らしの足でした。牛や農具を積んで運んだり、オダ(竹で作った干し台)で干した稲わらを山のようにして運んだのはもちろん、着飾ったお嫁さんが乗った嫁入り舟というのも実際の話です。農繁期には舟の中で食事をしたりお茶を飲んだりもしました。舟は農作業・交通手段として使われるだけでなく、十六島に住む人々にとってはかけがえのないタンパク質の供給品であったコイ・フナ・ウナギ・川エビなどの漁にも使われました。島の男たちは、農作業の合間をみてズやウケを竹で編んで自分の田んぼの近くの沼やエンマに仕掛けて漁をしたようです。

水郷の米1

すべてが手作業であった頃の農作業は子供を含めて一家総出の仕事であり、小学生も高学年になればそれなりの農作業を担っていました。利根川の直線化の工事、昭和39年に始まった土地改良によって耕地が整備され、水栓を開ければ十分な水が供給される給排施設が整い、機械化の進んだ現在の農作業では昔のような苦労はなくなりましたが、古き水郷の情景を見ることはできません。
利根川の農業を対象にした千葉県立中央博物館大利根分館が水郷佐原水生植物園脇にあります。数多くの資料・写真等が展示されていますので、古き水郷に興味のある方は一度訪ねて見てください。
 最近は米の生産だけではなく、ハウス栽培できゅうり・トマト・イチジク栽培等に取り組んでいる方も増えてきました。また、耕畜連携の取り組みでWCS用稲(食用米として収穫せずに、刈取りロール梱包し発酵させて畜産の餌とする)を生産し、堆肥を田んぼに肥料として返す耕作も増えてきました。
稲作農家では高齢化が進み、後継者や担い手の不足に今後の課題があるようです。

千葉県立中央博物館大利根分館へのアクセス

千葉県立中央博物館大利根分館
〒287-0816 千葉県香取市佐原ハ4500
TEL 0478-56-0101
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■公共交通機関をご利用の場合

 ・JR佐原駅下車、与田浦線(関鉄観光バス)関鉄与田浦線「潮来車庫」行き
  「水生植物園入口」下車、徒歩600m

 ・JR佐原駅下車、コミュニティーバス「北佐原・新島ルート」(月・火・木・金に運行)
  「水生植物園」下車徒歩3分  *年末年始(12月29日~1月3日)は運休

 ・JR鹿島線十二橋駅下車、遊歩道約4km

■高速バスをご利用の場合

 ・東京駅から「鉾田駅」行きで「与田浦水生植物園」下車、徒歩約600m

■お車をご利用の場合

 ・東関東自動車道「潮来」インターから約5km
 ・東関東自動車道「佐原香取」インターから約10km
 ・東関東自動車道「大栄」インターから約15km

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