(3)台地の恵み

利根川右岸の北総台地

 

利根川の右岸に広がる北総台地では、島の稲作農業とは違い畑作農業、更には畜産業が盛んです。
もちろん稲作も行われていますが島の大きな田んぼとは違い、山と山の間の田んぼ(谷津田)で一枚当たりの面積も小さく、大型の機械も入らない、水の管理が大変、など農作業は大変との話を聞きますが、山からの絞り水・土壌が良いことでお米はおいしいとの話です。

さつまいも

広く広がる畑では落花生・サツマイモ・ネギ・大根・人参・ごぼう・ニラ等、多くの種類の野菜を生産していますが、中でもサツマイモは千葉県で一番の生産地で国内でも有数のサツマイモの産地といわれています。
サツマイモにもベニアズマ・ベニハルカ・紫いも・安納いもなど色々な種類がありますが、栗源で生まれ育ち、今では栗源だけで生産されているベニコマチ(紅小町)は、ほくほくとして甘く、大学芋にするには一番おいしいと言われ、さつまいもの女王と呼ばれています。現在一番多く栽培されているのはベニアズマですが、合併前の栗源町の時代からの行政の努力もあり、道の駅くりもとは紅小町の産地として売り出し、現在も市場出しをせずに、道の駅くりもとでの直売及び宅配販売をしています。

さつまいも

おいしくて貴重な紅小町が「いも祭り」のときにはなんと5トンも焼いもとして無料で食べられます。また、日本で唯一、紅小町を原料に使った芋焼酎『紅小町』も地元で製造されています。
野菜は米と違いその時々の相場で取引されるため、昔は家が建つほどのこともあったようです。ニラ御殿・ネギ御殿などといわれる家を聞いたことがありますが、コシヒカリ御殿という言葉は聞きません。反面、大根の畑で出荷しても赤字になるだけだと、捨ててしまうようなこともあるようです。最近では、畑作農家でも契約栽培に取り組んだり、加工場を作り加工品として販売したりと変化が見られてきました。
余談ですが、山田地区ではニラの栽培も盛んですが、地区内に仁良(にら)と言う地区があります。

ブドウ

ぶどう

香取市のブドウは栗源地区の畑作地帯を中心に約9.5haで栽培されています。落花生・サツマイモ等の畑作物からの転換で昭和36年より9戸の農家で始まり40年以上の歴史があります。当初は露地栽培であったため、病害虫の被害等で生産は安定しませんでしたが、被覆栽培(ハウス)の導入と栽培技術の研鑽によって高品質・長期出荷が可能となり、千葉県を代表するブドウ産地になりました。栗源地区のブドウ園ではもぎ取り体験等が出来るところもあります。時期は8月下旬から10月となっています。もぎたての新鮮ブドウを味わってはいかがですか?

梨

利根川に沿って広がる台地の上、大倉地区には梨の木が連なり、水田地帯とは異なる景観が広がっています。明治37年(1904年)に先進地市川で梨栽培の指導を受けた農家がみかん園を梨園にしたことが始まりで、周囲の多くの人も栽培するようになり、水郷梨として世に知られるようになりました。
「なしは川風 みかんは潮風」と地元の人の言葉通り、梨には適度な川風が欠かせないようで、利根川の川風が、水郷梨には欠かせない風のようです。

台地を潤す利根川の水

 

東部用水

 

北総台地は利根川沿岸の地域に比べ水に乏しい地域です。このため落花生やサツマイモ等、乾燥に強い作物が多く生産されてきました。利根川から離れているため恩恵はないように思われますが、実は利根川からポンプでくみ上げた水を農業用水(東部用水)で運び、農作物を生産しています。利根川から農業用水を引くことで、多彩な作物の生産が可能になりました。
また、利根川の水は北総台地だけでなく、両総用水路を通じて、九十九里平野の水田の用水不足も解消しています。

北総東部用水

東部用水

利根川の水を船戸揚水機場(佐原区)より汲み上げ、パイプラインを通じて北総台地の返田揚水機場(佐原区)に送られ、返田揚水機場から東西幹線を経て、4市3町(香取市、旭市、匝瑳市、成田市、多古町、東庄町、神崎町)受益農地に送られます。
畑地かんがい用水は各ファームポンドに貯留され、加圧機場により支線水路を経て末端の農地まで加圧され、スプリンクラー等によりかん水されます。
水田用水は、幹線水路から分岐した支線水路(分水工)により直送されます。

両総用水

両総用水

両総用水事業は昭和18年(1943年)に着工され同40年(1965年)に完成した農業用水事業です。香取市内で利根川へ流れ込む大須賀川や小野川の氾濫を防ぐ排水と、利根川の豊かな水を水不足に悩む九十九里浜沿岸地域に農業用水として送ること、この二つを目的とした用水です。
利根川(香取市)で取水された水は、第一揚水機場で汲み上げられ、直径3mもある送水管(2本)や、幅5mあまりの用水路、栗山川を使って、栗山川下流の横芝光町の第二揚水機場で再度取水して、東金市や茂原市などの九十九里平野南部まで農業用水を供給しています。総延長は73.8km、灌漑(かんがい)面積は14,000haに及びます。
佐原の村の発展に力を尽くし、隠居してから江戸に出て日本を測量地図を作った偉人、伊能忠敬の出生地は現九十九里町です。忠敬は10歳で現横芝光町に移り住み、17歳の時に現香取市に婿養子に来ました。両総用水は忠敬にゆかりのある地域をつなぎ、農業の生産に貢献しているのです。