(6)水郷観光の幕開け

水郷観光の幕開け
<香取市教育委員会提供写真>

利根川に面した香取は、江戸時代から香取神宮・鹿島神宮・息栖神社の三社参りの茶船が出入りするようになり、遊覧船の来訪も盛んでした。
昭和2年、アンケートで日本八景を新たに選定するイベントが行われ、当地でも「水郷之利根保勝会」という団体が投票を呼びかけた結果、40万票以上の票が集まりました。八景には入らなかったものの、全国に日本水郷の名が知れ渡ることとなりました。
昭和5年には、銚子と佐原の間に水上飛行機による大利根遊覧飛行が開始され、昭和6年には水郷汽船株式会社があやめ丸・さつき丸を就航させました。さつき丸は全長50m、総トン数155トンで、浅喫水船としては当時国内最大で、一部3階建の白い船体は水郷の女王と呼ばれていました。

 
水郷観光野幕開け

昭和11年に水郷大橋が開通したことにより、バス・車による観光に拍車がかかり、さらに多くの人が水郷を訪れるようになりました。水郷佐原水生植物園の入口右側に、「水郷之美冠天下」と刻まれた大きな石碑がありまが、この碑はもともと水郷大橋の茨城県側の橋のたもとに建てられていたものです。「水郷之美冠天下」の一文は、歴史家・評論家として著名な徳冨蘇峰が昭和8年に揮亳したもので、その書は香取中央図書館のロビーに展示されているのを見ることができます。