(4)日本厄除三大師(関東厄除け三大師)

日本厄除三大師

 観福寺厄除弘法大師縁起には

 抑(そもそも)當山厄除弘法大師は大師自ら御彫刻遊ばされたる霊像にして日本厄除三大師の一と称し奉る。今其縁起を案ずるに人王五十二代嵯峨天皇の御宇(ぎょう)弘仁六年大師四十二歳の御厄年にあたらせられ親(みずか)ら御像三軀を彫刻して其一を禽獣草木の厄を除かんがために山城国大倉村大蔵寺に其一を一切魚鼈(ぎょべつ)を救わんがために武州河原の平間寺に、其一つを庶民の災厄を除かんがために京都嵯峨の大覚寺に留め給う。茲に當山三十三世鏡覚(けいがく)和尚嵯峨の院を訪へり。院の阿闍梨は當山三十世三等和尚の法弟なり、阿闍梨鏡覚和尚に告げて曰く我が法兄三等和尚東国庶人結縁の為に新四国霊場を開創せらされたと聞き我れ喜びに堪えず、乃ち心経殿安置の厄除弘法大師の御像を付属し旦つ曰く之を以て新四国霊場の親大師として安置し奉るべしと、鏡覚和尚恵頓首して之を受け奉侍して郷に帰り山内の宝殿に安置し、奉れり。

とあります。

 現住職のお話では、弘法大師がみずから彫刻した三体の御像のうち大蔵寺の霊像は西新井大師に、平間寺の霊像はそのまま平間寺(川崎大師)に、そして大覚寺の霊像が観福寺に伝わっていることから、この真言宗の三つのお寺が日本厄除三大師あるいは関東厄除け三大師とされているとのことでした。
 なお、関東厄除け三大師に似た「関東の三大師」と呼ばれるお寺もありますが、こちらは弘法大師ではなく厄除大師とも呼ばれる元三大師(良源)を祀る佐野厄除け大師・青柳大師・川越大師の天台宗の寺院を指す場合が多く、関東厄除け三大師とは全く別のものです。